犬と人がよりよく生きる社会を目指す。enkaraが考えるDog Activism, Building Our Social Business, Traceability of Dogsのこと
犬と人がよりよく生きる、そんな社会を創りたい
2019年春、犬と人がよりよく生きる社会を目指すプロジェクト、「enkara」がスタートした。これを率いる井手香織さんが犬のためのアクションを起こすようになったのは、今から20年前のことだ。初めて犬を家族に迎え入れるにあたり、殺処分されている犬のことやペットショップを取り巻く問題、犬たちを取り巻く日本の現状を知った。
「ペットショップでたくさんの仔犬が売られている一方で、年間8000頭もの犬が殺処分されている。その現実にショックを受けました。当時はまだ、保護された犬にまつわる情報もなかったし、そもそも保護犬を引き取るという取り組み自体があまり認知されていなかったんです」
理不尽さにつき動かされ、オリジナルの犬グッズを作って販売し、その売り上げを保護団体に寄付する活動を始めた井手さん。活動そのものは順調に推移していたけれど、より深く保護犬と関わる中で、保護犬の問題は社会のシステムそのものを変えなくては解決しないと通感する。さらに、社会の変革を語るにはビジネスや経済についての知識が圧倒的に不足していることも思い知らされた。「まずは自分自身が社会経験を積まなくては。そう思い至り、就職活動をスタートしたんです。その時、すでに30代になっていました」
縁がありIT企業のPR職に就き、シングルマザーとして子どもと2頭の犬を育てながらビジネスに必要な知識やスキルを磨いていった。その後、独立してフリーランスの企業PRとして活躍する中で、「保護される犬ゼロ」という目標を掲げ、起業を見据えるようになる。
あらゆる命を循環させる。「enkara」に込めた想いって?
満を持して「enkara」をスタートさせた井手さんが、起業前から考えていたのは、自分たちが掲げたミッション―犬と人が本質的につながって、よりよく暮らせる社会を目指す―のため、いかに社会問題をマネタイズするか、だった。
「私たちの最終的なゴールは、あらゆる命が循環する社会の仕組みづくり。だからボランティアやNPOではなく合同会社という体裁をとり、ビジネスとして成立させることを目標にしました。寄付や助成金頼みでは持続可能な取り組みはできませんから。まずは社会問題をマネタイズする。そしてビジネスを通じてこの問題を解決していこうと考えたんです」
「“犬を知る”をアップデート」というメッセージを発信するウェブサイトでは、元保護犬と新しい家族の物語や犬と出会うための情報などを発信するほか、子どもの古着を犬の服に再生して販売、その収益を野犬や野良犬の保護譲渡活動に寄付する「アップサイクルドッグウェアプロジェクト™️」、緊急時にペットを守る仕組みづくりを促すとともに、飼い主に「犬と暮らす責任を携帯してもらう」という意義を込めた、「ペットがお家にいますステッカー™️」などの取り組みを展開。またECサイトの「enkara Market」ではサスティナブルで環境に配慮した犬用品や犬との体験を扱っている。
「こうした活動の原動力になっているのは、20年近くをともに過ごした、5頭の犬との幸せな思い出。私の人生の軸を形成してくれた犬たちに対して、今度は私が何か恩返しをしたい。そもそも犬と人間は、パートナーとして寄り添いながら暮らしてきたという歴史的な積み重ねがあります。私たちはその積み重ねをより良い姿に変えていきたいんです」
大きな使命を掲げ、フレキシブルに活動する中で徐々に仲間やサポーターの輪を広げている「enkara」。“犬”というフィルターを通して多様性を大切にする社会を育んでいきたい。井手さんはそんな風に考えている。
保護犬ゼロへ!犬のトレーサビリティを考える
メッセージを発信するにあたって井手さんが最も大切にしているのは、犬との暮らしを選択した人がより豊かな人生を送れるようになること。犬を迎えるということは、この先15年、もしかしたら20年、犬との暮らしに責任を持つことを意味する。犬との暮らしは楽しいことばかりではない。特にシニア期は飼い主への負担も多いだろう。そういう事実も含めて飼い主の責任を広く伝えることも「enkara」の役目だ。「例えば、犬と一緒に遊ぶこと、トレーニングすること、看取ること。犬との時間がもっと楽しく、もっと豊かなものになるような発信を行っていきたい」
さらに、保護犬ゼロという使命のために考えているのは、日本全国の野犬問題と、純血種犬のトレーサビリティを確立することだ。井手さん曰く、犬との暮らしを始めるにあたって最も理想的な形は、「ブリーダーから犬を迎えること」。まわり道のように思えるけれどブリーディングのシステムそのものを改めることがペット業界の責任感を育み、保護犬ゼロの社会を作るという。
「ブリーダーの中にも犬のQOLに配慮する“シリアスブリーダー”が存在します。犬を迎えたい人はまず“シリアスブリーダー”とマッチングし、数度の面談を経て繁殖を待ちます。もちろん、仔犬を迎えるのは数ヶ月後になりますが、そもそも犬を飼いたいと思い立って、その日に迎え入れられるという状況が異常なんです。“シリアスブリーダー”からの譲渡があたりまえになれば、現状の生体販売はいずれなくなると考えています」生体販売をなくすためには“シリアスブリーダー”とマッチングできるプラットフォームが必要だし、生体販売をしなくてもペットショップのビジネスが成立するように、グルーミングや食事、ケアなどで収入を得られる新しい仕組みを考えなくてはならない。
「まだまだ先は長いけれど、楽しみながら一歩ずつ。犬が犬らしく、人は人らしく生きられる社会を目指して歩いていきたい」